Le rat mouillé

加藤美南ちゃん(NGT48)と新潟についての愛をまき散らすブログ(予定)。

ロミオ&ジュリエット@赤坂ACTシアター 2017-1-22S 生田ジュリエット×古川ロミオ回



生田絵梨花さん20歳の誕生日おめでとうございました。何年ぶりに観るだろう。3年…か4年…とか。虹プレやリボンの騎士は観てないので、ミュージカルで拝見するのは初めて。


成人していくなぁ…かつての推したちも、自担も、みんな…



というわけで古川ロミオさん×生田ジュリエット回。
形式問わず、ロミジュリを見たの初めて。古典なイメージだったけど、このロミジュリの時代設定は2017年なのか?メール、スマホ、一斉送信、既読スルー等が出てきて完全に現代?時代設定が浮いてる分、キャピュレット家とモンタギュー家の対立の理由も浮いてる気がいたした(初見だからかな)がしかし良い息抜きタイムで普通に楽しかった。現代にも通ずる闇が〜的な深い理由があったならごめんね!



個人的には1幕のティボルトが好き。報われない男フェチ。ゴリゴリの長身イケメンが、まだ幼い(ように私には見える)ジュリエットにもどかしい気持ちを抑えているのが最高に抉られた。猪突猛進的な、獅子?の人が、胸の内で想いを必死に抑えてる、のが、良い………と思いきや2幕が始まっておやおや?となってたらマーキューシオ刺しちゃった、ロミオに刺されちゃった、というところで、ティボルトがベルナルド(WSS)の元ネタであることにようやく気付く。

ロミオは頭に血が上っていたとはいえ、明確な意思を持って刺すんだね。演出によって違うのかもだけどWSSはあくまでアクシデントだった記憶が残っていたので、その明確な闇が印象に残った(別物とはいえ同じ構造だし)。刺した後にフラフラと出て行くロミオの姿が憐れなくらい繊細で、可哀想になってしまった。生まれた時代も悪かったね…と思いかけたが意気揚々と取り出される携帯電話端末を思い出して前言撤回。

ところで古川ロミオさんの頭身ヤバくない?あとどうでもいいけど古川雄輝と古川雄大が混ざってごっちゃになる。頭身がヤバいのが古川雄輝で、頭身がヤバいのが古川雄大。覚えた。


ジュリエットは途中まで現実味のないお花畑のお嬢様が浮かれてルンルン*・゜゚・*:.。..。.:*・な印象だったのだけど朝チュンシーンでガラッと大人の階段登った様子に動悸息切れ気つけを起こしかけた。救心。それだけそのシーンが良かったということだけど。以前と以降で印象が違った。


これは本編と関係ない感想だけど、個人的には、正直、このシーンは、なかなか…キた…僅かに残っていた私の中のキモヲタは息絶えた。


ひとつだけ。
現代的?な感じで物語を進めるのであれば、ジュリエットも乳母に任せず自らロミオの元へ走るくらいのが自然なのでは…とは思う箇所が1つあった。最近の時代の傾向的に考えると、そこだけ違和感が残った。あ、そこ任せちゃうんだ、と。WSSみたいにシュランク絡みで面倒くさいことになってたわけでもないし。まあそこ任せないとストーリーが進まないので不毛な文句はここまで。
何回か観たらわかるのかもわからんけど。




カテコの話

カテコで、なんか見たことある振りを皆さんで踊ってらっしゃるが…と思ったら、制服のマネキン *1。カテコの音楽に合わせて踊ってた。

数回目のカテコかな、おもむろに前へ出た古川さんが「メンズの皆さんは今日がなんの日かご存知かと思います(ニュアンス)」と仰って(なかったことにされる女オタ)、ハッピーバースデー的な催しが始まって共演者数名よりお花のプレゼント。

後ろのセットに「いくちゃん 20歳 おめでとう!」と、プロジェクションマッピング的な表示がテレーンと現れ。いくちゃんからも挨拶が。

挨拶中に「私なんか変なこと言いました?!」と後ろを向くいくちゃんが可愛かった。(「最高の1日になりそう」的な発言に対してツッコミが入ってた模様)



いくちゃんの歌声が私の世界で一番可愛い歌声なので、とにかく順調に場数を踏んでいって頂きたいと切に願う。


またいつか拝見できたらいいな。



以上。

*1:

新春・久保アラーナ詣で2017 LM@四季劇場[夏]2017-1-8M


これまでに見たキャストがかなり偏っており、今回いろいろ新しい気持ちでの観劇となってとても楽しかったので、感想を書く。


先ずもって、小林アリエル初見()



小林アリエル

声が綺麗で大人っぽいけど、普段の仕草やセリフは末っ子、だけど意志の強さが大人。子供っぽいようでいて大人。そしてただ意志が強いだけじゃなくて、主張に確固たる根拠が感じられるという意味の、(我の)強さ。「人間はそんなじゃない」と、真実を見透かすかのように。信じきっているというか。人間を知っているかのように。なので物語の前に人間との間に何かあったんだろうかと感じた。アニメは知らないのだけど、原作だと何かエピあるの?

なんだか、すごく共感できるアリエル。そういう見方をするの初めてだ。

「人間はそんなじゃない」「こんな素敵なものを生み出す世界、悪いところだなんて〜」という主張が、人間への憧れというよりも、アリエル自身のものの考え方なんだなと感じる演技だった。だからこそ、それを否定されるのは人格否定にも繋がっているように感じたのかなと。だから本当に辛かっただろうなと。「もしも」のあたりは見ていて辛かった。


可愛いけど大人っぽい、はジェリロの時にも感じたので、元々の小林さんの持つ雰囲気かな。


トリトン

小林アリエルとの組み合わせによって、もどかしい苦悩がより見えて辛かった。まさかハッピーの代名詞のようなLMを見ながらこんなに苦しくなるとは。
怒りの矛先を、見たこともない「人間」に向けるしかなかった虚しさ。そして、それが正しいこととも思いきれない葛藤も感じた。「もしも」の前のシーン。

葛藤って、いいよな………


嶋野フランダー


良いショタ。



山田エリック

とりあえず快適な観劇のためにTwitterアカウントはブロックして、*1 準備万端。


赤ちゃんのようなむきたてたまごなのに、声が野太くてまずひるむ。
「理想の女性」に対するセリフのニュアンスは、リアリストっぽいイメージ。夢物語なのを自覚しているというか。だからこそ、アリエルと(間接的に)出会った時の感動たるや。良かったね。
やんちゃ系に感じたけど竹内エリックの血筋なんだろうか?ちなみに1/8MのKTGは肩ポン→頬ツン。(あれ、ここだよね?パターンあるのって。)
やんちゃ系に感じたこともあり、その仕草がすごく似合ってた。小林アリエルも(個人的には)大人なのにやんちゃっぽいところが可愛かったので、その意外性が、お似合いだな〜と。


ついでに玉木エリックの話

というか玉木エリックめちゃめちゃ好きだったんだけど語る機会を逃した。ラストの「君だったんだね!」の、“わかっていたよ、そうだろうと信じていたよ”的な感無量が溢れんばかりの優しい声が好きだった。「あの声」が聞こえた時の「どうかしてるね…」も、アリエルの前でそんな反応をしてしまったことに対する反省が強く見えたかな。どちらかというと「あの声」よりかは目の前のアリエルを大切にしている印象だった。アリエルありきのあの声。あの声に惹かれるのは、あの声がアリエルの声じゃないかと本能で感じているからかな、みたいな。そして穏やかで落ち着いてる玉木エリックが、「一歩ずつ」で三平アリエルにつられて童心に帰る感じが好きだった。玉木エリックのKTG選手権は蛍バージョンがぶっちぎり優勝。





今、名古屋か………





*2







推しのお姫さんは相変わらずコンテスト優勝だよ。まあアリエルいるから1位なしの2位でも可。(生産性のない妄想)

次のキャス変で久保さんは抜けてしまわれましたとさ。めでたしめでたし。



以上。
他担(演目的な意味で)が語ってすいませんでした。

*1:個人的に劇団四季の舞台はある程度「中の人などいない」のスタンスを保っていて欲しいため。(中の人の露出はたまのアルプで丁度いい。)まあ同役俳優の芝居と比べていろいろ考えるのは好きなのでお前どっちだよって話なんだけど、私的にはそれは別。そもそも山田さんは団員ではなく、こっちでブロればそれで済むので良い。たまに団員のアカがRTで回ってくると、「それ大丈夫?会社に管理してもらってるの?俳優としてやってるの?リアアカなの?もろ本名で仕事内容に触れてるけど大丈夫?リアアカと仕事アカの区別くらい付けたほうが良いのでは?」と小姑みたいな心配をしながらブロックしてる。四季さん把握してるのかな、してるならいいけど

*2:玉木エリックが1月2週目キャス変で名古屋LMにイン

王子とこじき@静岡市民文化会館 2017-1-7

合法キャス変の日に見た時は、高野前田ペアになっていたような…?途中で変わって、クリスマスから引き続き小松木内ペア。
今日のチケットは、ノートルダム先行とファミミュ先行が重なった日に取ったものです。(根に持つ)



静岡駅にありました。


小松エドワード

ねえええええ本当に良かった。良かった本当に。クリスマス付近と全然違くなってて、というかそもそも今まで観たことのなかった小松エドワードだなと感じた。

クリスマスおじこじからうっすらと、高野エドワード的な優しさとか深い御心が付加されたなと思っていたのだけど、それがより立っている + 深い勇ましさが凄い。強い。強いんだけど、今までと性質の違う強さを感じる。深みというか。マイルドというか。ワイルドも地球の裏側じゃマイルドになるのです。*1


あともう一つ思ったのは、ヘンリー8世が亡くなった後のシーンで、「国王エドワード」と名乗る時の「国王」のウェイトが少し重かったこと。悲しみの中でも、静かに自覚しているのが強いし切ない。強くなってしまった感。(2週間ぶりn度目) *2


確かに、ユーゴーの「世の中の情勢を理解してるじゃないか」(ニュアンス)的な発言に繋がる布石としてウェイトを置いたのもあるだろうけど、それだけじゃなくて!!そうじゃなくて!!エドワードがあの状況でも冷静に自覚を持っている様が、これぞ王の風格で。ときめきが止まらなかった。


しかしやっぱり歯を見せて笑ってくれるシーンは観てるだけで泣きそうになるな〜。カテコの悪戯っぽいニヤリ顔も。トムと並んでる時にそれされるとさ〜トムと一緒に遊べて良かったね〜エドワードだってまだ子どもだもんね😭😭😭ってなってたまごボーロをお口に詰め込みたくなるわけです。しかしそんなことはできないわけです。天真爛漫でドシっと構えててくれる木内トムがいるおかげで、小松エドワードに幸せでいて欲しいと願う私の願望が満たされるわけです。ありがとう木内トム。


そんなこんなでマイルドかつ深みもあるけど、すぐ演説し始める感は健在で大変可愛らしく、思わずニンマリ。ショタみも失われていないのでおじこじショタコン勢の方はご安心ください。自分以外にいるかどうかは知りません。いたらお友達になってください。



そして前回のとき台詞が言いづらそうとブログに書いた件、まあ小松さんはもともとハッキリ発音する方だとは思うけど、無声音(サ行とかカ行)と促音の混ざる言葉が特にハッキリしすぎてて逆に言いづらそうで。今日はそこまでではなかった、というかそこを経たから今日の感じになったんだろうなと思うのでもう何も言えないわ〜という素晴らしさ。
今日の観て、あーあのとき本当はこうしたかったのだろうか、と納得。妄想だけど。まあ前回言うても2週間前とかだけど。



手を差し伸べるシーンの件

[差し伸べる側→手を取る側]

①冒頭シーンで、一緒に踊り始める時
エドワードトム

戴冠式で、上手で囚われているエドワードをトムが解放するシーン
トムエドワード

③カテコラスト
エドワードトム


勘定してないシーンがいくつかあるけど。でもこの流れめちゃめちゃアツくない?!
最初は、貧しいトムにエドワードが優しくしてあげて。そのエドワードが窮地に陥るとトムが助けて。カテコはやっぱりエドワードがリードして、トムがそれをニコニコして応える関係性。尊い。


木内トムのエンターテイナーっぷり、ますますキレッキレ。ただ、コメディ部分だけでなく、ちょっとしたところでも発言の背景が透けて見えるような言い方になっていってて、こちらの想像を掻き立てる。エドワードに夕方までここにいろと言われた時の「夕方まで?」も明らかに貰い上げを心配している様子が見えたりとか。

川地ユーゴーについて

それを言うと、川地ユーゴーにも同じことをちょっと前から感じていて。コメディの部分では、「お前(くるくる)これか!」の言い方とか、くしゃみの後の「はっくしょいカレーライス○%☆$÷#〜」とか。(笑)
それ以外の真剣な場面でも、「貧乏人の味方になってくれるか?」の言い方が重くて。そこで、この台詞もストーリーの根幹に関わってるんだなぁと気付いた。今日。(遅い)

内田ハーフォードが

田中セントジョンがゆるキャラなのは相変わらずなのだけど(登場の仕方だけで笑いを取れるそのセンスが凄い)、今日はあの内田ハーフォードが。ペコペコナンバー(の前?)で帽子が脱げて、被り直したあとも帽子をちょいちょい気にしていてこちらも気が気ではなかった。しかし素の頭のハーフォード様も乙なものでした。被り直した後は、前髪がひょっこり出てて可愛らしいことになってしまっており、帽子が落ちないかの心配もあって、恐ろしいはずの大印章ナンバーはハラハラドキドキでした。

涼太マイルス

「よしましょう」「戴冠式へ出るのをです」が、静かで穏やかな言い方に。

すごい今更なことかもしれないけど、
エドワードがマイルスに「信じられない」と言われても腹が立たないのは、国王という「身分」は信じてなくともエドワードという「その人自身」のことを有り余るくらい信じているのを、エドワードが身に染みて感じているからこそだよな〜と。ここのところの、エドワードを無条件にお慕い申し上げている最近の涼太マイルスを観ていてそう気付いた。あれだけ真っ直ぐに信頼を置かれたらそりゃエドワードも穏やかでいられるよ。あと今日は小松エドワードの「マイルス!」という呼び方も暖かく優しくて、信頼している様子がよく見えたので、なおさら。

エスメラルダの対カジモドも、太線部分に近いなと思う。他演目の話しでさーせん、最近ノートルダムからのおじこじ観劇が多いので、ついそんなことを思った。

高瀬泥棒ちゃん

歌声が絶好調なのかビシビシ来た〜嬉しい〜まともに歌ソロもないからユニゾンでしか聴けんし…でも歌えないと出来ない枠なんかね、踊れるガチ歌枠多くない?1枠。

席の関係で、帳簿付け前の寝そべっちゃうところは見えなかったんだけど、声だけ「つかれたァ〜〜〜」だの「ヤダー!ヤダー!」だの言ってるのが聞こえて萌え散らかしてた。元気があってよろしい。
そしてアダのニワトリにじゃれつく高瀬泥棒ちゃんがただただ可愛さの暴力装置。そういえば小平ではやってなかったね。ロリ枠こと1枠泥棒ちゃんご馳走さまです。

1枠を幼女枠と断定してるけど高瀬泥棒ちゃん最初はそこまで幼女じゃなかったしそもそも田代1枠からの流れで言ってるだけで片山さんとか苅谷さんとかの記憶がすっ飛んでるので私は発言の責任を持ちません(最低)

余談



→「絵のない版画の本」でした。
フォロワさんに教えて頂きました。ありがとうございます。

てっきりずっと漫画の本だと思っていたしそのままにしてたらずっと違和感を持ちながら観ることになったんだろうなと思うと…テキトーなことも言ってみるものである(反省の色無し)




以上です。

*1: Sexy Zone - Sexy Zone - 歌詞 : 歌ネット

*2:ちなみに初めておじこじに通ってた期間がしょりソロコン通いとモロ被りしていて、その頃は勝利さんと小松エドワードを重ねてしまっていたのでした。ショタみとか、強くなってしまった感とか。守山エドワードは重ならないんだけど、小松エドワードがどうしても重なって。というのを、静岡に着いた瞬間に発見したハルチカポスターを観て思い出した。という、今だから言える話です。これは当時の話であり、ヘンリーという父親が亡くなってしまう云々について、現実で起こった事に絡めて言及しているわけではありません。