Le rat mouillé

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王子とこじき@静岡市民文化会館 2017-1-7

合法キャス変の日に見た時は、高野前田ペアになっていたような…?途中で変わって、クリスマスから引き続き小松木内ペア。
今日のチケットは、ノートルダム先行とファミミュ先行が重なった日に取ったものです。(根に持つ)



静岡駅にありました。


小松エドワード

ねえええええ本当に良かった。良かった本当に。クリスマス付近と全然違くなってて、というかそもそも今まで観たことのなかった小松エドワードだなと感じた。

クリスマスおじこじからうっすらと、高野エドワード的な優しさとか深い御心が付加されたなと思っていたのだけど、それがより立っている + 深い勇ましさが凄い。強い。強いんだけど、今までと性質の違う強さを感じる。深みというか。マイルドというか。ワイルドも地球の裏側じゃマイルドになるのです。*1


あともう一つ思ったのは、ヘンリー8世が亡くなった後のシーンで、「国王エドワード」と名乗る時の「国王」のウェイトが少し重かったこと。悲しみの中でも、静かに自覚しているのが強いし切ない。強くなってしまった感。(2週間ぶりn度目) *2


確かに、ユーゴーの「世の中の情勢を理解してるじゃないか」(ニュアンス)的な発言に繋がる布石としてウェイトを置いたのもあるだろうけど、それだけじゃなくて!!そうじゃなくて!!エドワードがあの状況でも冷静に自覚を持っている様が、これぞ王の風格で。ときめきが止まらなかった。


しかしやっぱり歯を見せて笑ってくれるシーンは観てるだけで泣きそうになるな〜。カテコの悪戯っぽいニヤリ顔も。トムと並んでる時にそれされるとさ〜トムと一緒に遊べて良かったね〜エドワードだってまだ子どもだもんね???ってなってたまごボーロをお口に詰め込みたくなるわけです。しかしそんなことはできないわけです。天真爛漫でドシっと構えててくれる木内トムがいるおかげで、小松エドワードに幸せでいて欲しいと願う私の願望が満たされるわけです。ありがとう木内トム。


そんなこんなでマイルドかつ深みもあるけど、すぐ演説し始める感は健在で大変可愛らしく、思わずニンマリ。ショタみも失われていないのでおじこじショタコン勢の方はご安心ください。自分以外にいるかどうかは知りません。いたらお友達になってください。



そして前回のとき台詞が言いづらそうとブログに書いた件、まあ小松さんはもともとハッキリ発音する方だとは思うけど、無声音(サ行とかカ行)と促音の混ざる言葉が特にハッキリしすぎてて逆に言いづらそうで。今日はそこまでではなかった、というかそこを経たから今日の感じになったんだろうなと思うのでもう何も言えないわ〜という素晴らしさ。
今日の観て、あーあのとき本当はこうしたかったのだろうか、と納得。妄想だけど。まあ前回言うても2週間前とかだけど。



手を差し伸べるシーンの件

[差し伸べる側→手を取る側]

①冒頭シーンで、一緒に踊り始める時
エドワードトム

戴冠式で、上手で囚われているエドワードをトムが解放するシーン
トムエドワード

③カテコラスト
エドワードトム


勘定してないシーンがいくつかあるけど。でもこの流れめちゃめちゃアツくない?!
最初は、貧しいトムにエドワードが優しくしてあげて。そのエドワードが窮地に陥るとトムが助けて。カテコはやっぱりエドワードがリードして、トムがそれをニコニコして応える関係性。尊い。


木内トムのエンターテイナーっぷり、ますますキレッキレ。ただ、コメディ部分だけでなく、ちょっとしたところでも発言の背景が透けて見えるような言い方になっていってて、こちらの想像を掻き立てる。エドワードに夕方までここにいろと言われた時の「夕方まで?」も明らかに貰い上げを心配している様子が見えたりとか。

川地ユーゴーについて

それを言うと、川地ユーゴーにも同じことをちょっと前から感じていて。コメディの部分では、「お前(くるくる)これか!」の言い方とか、くしゃみの後の「はっくしょいカレーライス○%☆$÷#〜」とか。(笑)
それ以外の真剣な場面でも、「貧乏人の味方になってくれるか?」の言い方が重くて。そこで、この台詞もストーリーの根幹に関わってるんだなぁと気付いた。今日。(遅い)

内田ハーフォードが

田中セントジョンがゆるキャラなのは相変わらずなのだけど(登場の仕方だけで笑いを取れるそのセンスが凄い)、今日はあの内田ハーフォードが。ペコペコナンバー(の前?)で帽子が脱げて、被り直したあとも帽子をちょいちょい気にしていてこちらも気が気ではなかった。しかし素の頭のハーフォード様も乙なものでした。被り直した後は、前髪がひょっこり出てて可愛らしいことになってしまっており、帽子が落ちないかの心配もあって、恐ろしいはずの大印章ナンバーはハラハラドキドキでした。

涼太マイルス

「よしましょう」「戴冠式へ出るのをです」が、静かで穏やかな言い方に。

すごい今更なことかもしれないけど、
エドワードがマイルスに「信じられない」と言われても腹が立たないのは、国王という「身分」は信じてなくともエドワードという「その人自身」のことを有り余るくらい信じているのを、エドワードが身に染みて感じているからこそだよな〜と。ここのところの、エドワードを無条件にお慕い申し上げている最近の涼太マイルスを観ていてそう気付いた。あれだけ真っ直ぐに信頼を置かれたらそりゃエドワードも穏やかでいられるよ。あと今日は小松エドワードの「マイルス!」という呼び方も暖かく優しくて、信頼している様子がよく見えたので、なおさら。

エスメラルダの対カジモドも、太線部分に近いなと思う。他演目の話しでさーせん、最近ノートルダムからのおじこじ観劇が多いので、ついそんなことを思った。

高瀬泥棒ちゃん

歌声が絶好調なのかビシビシ来た〜嬉しい〜まともに歌ソロもないからユニゾンでしか聴けんし…でも歌えないと出来ない枠なんかね、踊れるガチ歌枠多くない?1枠。

席の関係で、帳簿付け前の寝そべっちゃうところは見えなかったんだけど、声だけ「つかれたァ〜〜〜」だの「ヤダー!ヤダー!」だの言ってるのが聞こえて萌え散らかしてた。元気があってよろしい。
そしてアダのニワトリにじゃれつく高瀬泥棒ちゃんがただただ可愛さの暴力装置。そういえば小平ではやってなかったね。ロリ枠こと1枠泥棒ちゃんご馳走さまです。

1枠を幼女枠と断定してるけど高瀬泥棒ちゃん最初はそこまで幼女じゃなかったしそもそも田代1枠からの流れで言ってるだけで片山さんとか苅谷さんとかの記憶がすっ飛んでるので私は発言の責任を持ちません(最低)

余談



→「絵のない版画の本」でした。
フォロワさんに教えて頂きました。ありがとうございます。

てっきりずっと漫画の本だと思っていたしそのままにしてたらずっと違和感を持ちながら観ることになったんだろうなと思うと…テキトーなことも言ってみるものである(反省の色無し)




以上です。

*1: Sexy Zone - Sexy Zone - 歌詞 : 歌ネット

*2:ちなみに初めておじこじに通ってた期間がしょりソロコン通いとモロ被りしていて、その頃は勝利さんと小松エドワードを重ねてしまっていたのでした。ショタみとか、強くなってしまった感とか。守山エドワードは重ならないんだけど、小松エドワードがどうしても重なって。というのを、静岡に着いた瞬間に発見したハルチカポスターを観て思い出した。という、今だから言える話です。これは当時の話であり、ヘンリーという父親が亡くなってしまう云々について、現実で起こった事に絡めて言及しているわけではありません。