デスノート THE MUSICAL@新国立劇場 中 2017-9-18

f:id:hksw00:20170926190348j:image

 

原作漫画を愛していた。初演時に観劇に至らなかった理由がそれだ。しかし、これだけ評判が良く再演もされているのだからクオリティはお墨付きなのだろうと思い、新国立劇場へ足を運んだ次第である。

 

ミュ版でしか成し得ない“デスノート”の世界

文字量・情報量の多さで右に出る者がいない原作漫画だが、舞台化となるとキャラクターの心情に重きが置かれるのは自然の流れだろう。キャラクターのバックグラウンドが、理解しやすいよう改変されているのもまた然り。

これによって最もキャラの違いを感じられたのが海砂だった。キラ崇拝に至るまでのシリアスな感情が強調され、多方面にエモーショナルな影響を与えているように感じられる。

 

原作やその他映像作品における海砂のアホっぽさは削がれている。狂信的な側面がよりフィーチャーされることで、原作では読者が脳内補完してきた海砂の哀憐、センチメンタルが立体的になって迫ってくる感覚。

 

特に1幕、粧裕との対比が表現されるシーンは見事だ。同じ歌詞を歌う2人はその実正反対という構造。闇と悲しみを抱えて生きる海砂と、平和に真っ直ぐ育ってきた粧裕海砂のアホっぽさがない分、粧裕との違いは運命に呪われているか否かしかないのであり、海砂の悲運にやり切れなさが増す。

 

そして原作から発展しているのはレムとの関係性も同様。

人の愛情を己のために利用する月のサイコパスっぷりを際立たせるためだけの存在ではなく、「愚かな愛」がしっかり独立して存在していたように思う。*1

 

デスノート THE MUSICALは、一種のファンフィクション…ではないが、デスノートを裏側から覗くとこういう世界が広がっていたかもしれない、という視点の再現を観られた点で、とても楽しい演目だった。

 

ラストだけは謎が謎を呼ぶが。

 

 

 

 

柿澤ライト

序盤は普通の高校生っぽかったのに途中から東大主席の切れ者ライトくんという雰囲気になったのは新世界の神としての自覚と責任感から?

レムとのシーンはサンセット再演しないかなぁという気持ちで観ていた。(関係ない)

 

徹平L

L過激派だった中学生の私に見せてあげたいくらい、姿形・仕草が素晴らしかった。顔も可愛い。歌も想像以上に良かった。ノートルダムのカジモド程じゃないにしろ絶対歌いにくい姿勢だと思うがあのフォルムを保ってくれることに対して盛大なスタンディングオベーションを捧げる。

 

そして何より、可愛い。

 

 

 

 

いや、「可愛い」って個人的にはめちゃめちゃ重要なんで!!!!!

 

 

唯月ふうかさん

初めて拝見しました(レミ手持ち干したので…)、間の取り方がすごく好きだった。ライブの曲入り前の

 

「………キラに。」

 

で鳥肌が立った。

 

 

海砂のライブシーンは普通に楽しかった。素で一瞬「あれっ今日サイ忘れてきたわ」などと考えてしまった。

 

 

 

 

一つ気になってるんだけど、途中挟まれるニュース映像の2回目のキャスターがあみたに見えて仕方なかったんだけど他人の空似かな?

あみたの粧裕も見てみたかったな〜。

 

 

 

てことで以上でした。

 

*1:とはいえ、はまめぐさんの圧倒的実力によって捩じ伏せられたところはある、かな、私はまめぐさん好きだから肯定したくなるけど…ツイッターで「ミュ化するなら愛だの何だのな話になりますよねとは思ったけど」的なことを書いたのはレムの件